神鳥の卵 第2話


眼を開けると、澄み渡る青空が広がっていた。
どうやら自分は地面に仰向けになって寝ているらしく、視界には空だけが写っている。
あの日、彼を殺した日のような、青い空だけが。
久しぶりに見るその色彩に、知らず頬に温かいものが流れるのを感じた。
ああ、見たくなかったのに、青い空なんて。
この空を見ると、あの日の光景がフラッシュバックするから。
彼の穢れのない、慈愛に満ちた笑顔が思い出されるから。
この手に、あの時の感覚が蘇るから。
あの仮面のお陰で世界は灰色だった。
その暗さは、この感情を抑え、自分が”ゼロ”なんだということを教えてくれる。
ゼロ。
その名前ではっとした。
ここはどこだ!?
外なのは間違いないが、なぜ此処に?
正体が、バレた!?
スザクは慌てて体を起こし、周りを見渡して思わず目を瞬かせた。

「・・・え?なに、これ?」

そこは、一面のひまわり畑だった。
数えきれないほどの黄色い花が、元気よく空へ向かい花を開いている。
自分が居たのはその畑の中にある空白地。
明らかに人口的に作られたで円形の草原。
しっかりと刈り込まれたような芝生を裸足で踏みしめながら、ゆっくりと立ち上がった。
向日葵はスザクの背より少しだけ低いため、見回せば向日葵が地平線の向こうまで咲き誇っているのがよく見えた。
山も見えない、木も見えない。
空を見上げれば、これだけ明るいというのに太陽も見えなかった。
真夏のような光景なのに、暑さは一切感じられない。
暑くもなく寒くもない。
フワフワとした妙な感覚が体を包み込んでいた。
・・・どう考えても現実じゃない。

「なんだ、夢か・・・」

ゼロの正体がバレたわけではないことに安堵し、再び辺りを見回した。
向日葵で思い出すのはあの夏の日のこと。
幼かった頃、ルルーシュと共に来たひまわり畑。

「これが夢なら・・・ルルーシュがいるかもしれない」

おもわず、ポツリと呟いた。
おそらく、ルルーシュに会いたいという思いが見せた夢なのだ。
ならば居るはずだ。
居てくれるはずだ。
会いたい。
たとえ夢でも、ルルーシュに会いたい。
それは、眠る前にも思ったこと。
会いたよ。
君に会いたいんだ、ルルーシュ。
そう思い、ひまわり畑に目を凝らす。
そして、はるか遠くで黄色い花が不自然に揺らめいているのが見えた。
風ではなく、なにか生き物がいるようなゆらめき。
ゆらゆらとうごめく花の中に白い物が見え、スザクは弾かれるように駈け出した。
見間違うはずがない。
自分が見間違うなんて有り得ない。
駆けた分だけ近づく白に、確信する。
あの白は、ルルーシュの皇帝服の帽子。

「ルルーシュ!!」

離れて行こうとするその姿に向け、スザクは必死に呼びかけた。
これが夢なら追いつけないかもしれない。
夢とはそういうものだ。
いくら手を伸ばしても、いくら全力で走っても距離は縮まらず、捕まえられないのが夢。
だけどそんなのは嫌だ。
絶対、追いついてみせる。
捕まえてみせる。
逃すつもりはない。

「ルルーシュ!ルルーシュ!待って!お願い!止まって!!」

再び、ありったけの思いを込めて叫んだ。
声に気づいたらしいその人は、動きを止め、辺りを見回しているようだった。

「ルルーシュ待って!僕を、俺を置いて行くな!」

縋るようにそう叫ぶ。
声が聞こえたのか、白い帽子が此方側に向いた。

「・・・スザク?」

自分を呼ぶ懐かしいその声に、胸が締め付けられた。

「ルルーシュ!」

必死に向日葵をかき分け、スザクは手を伸ばした。
伸ばした先には、驚いたような顔でこちらを見ているルルーシュが居て、視界が歪むのを感じながらその痩身を抱きしめ・・・ようとしたのだが。
ルルーシュが何やら大きなものを抱えていたため、その腕をしっかりと掴むに止めた。
思わず腕の中の物を見て目を瞬かせると、溢れていた雫がぽたりと頬を滑り落ちた。

「・・・スザク、どうして此処に・・・いや、それよりお前、泣いているのか?」

その声に、腕のものからルルーシュの顔へ視線を向けると、困惑したような表情でルルーシュはスザクを見ていた。
見ている視点が若干あの頃と違う。
いつの間にか彼の身長を超えていたらしい。
あの頃と変わらない、18歳で時を止めたルルーシュ。

「ルルーシュ・・・ルルーシュ!!」

正面からだとその腕のものが邪魔なため、スザクはルルーシュの腕を引くと、後ろから抱きしめた。
ルルーシュの肩にコトリと頭を乗せ、腰に回した手に力を込める。
暖かさは感じない、鼓動も感じられない。
でも、触れる、抱きしめることが出来る。
ああ、ルルーシュがここに居る。
たとえ・・・夢でも。
また、会えた。
それだけで、涙が溢れ出すのを止められない。

「ルルーシュ、ルルーシュっ」
「・・・スザク・・・」

嗚咽を漏らしながら、自分を抱きしめている男に、ルルーシュは手を伸ばすことも出来ず、ただじっとスザクが落ち着くのを待った。

「酷いよ、ルルーシュ、2年だよ2年っ!」

肩に顔を埋めながら泣く男が、責めるような口調で文句を言った。

「何がだ?」

意味がわからず、ルルーシュは眉を寄せ尋ねた。

「もっと、もっと頻繁に出てきてよ」
「だから、なにがだ。それよりお前、どうしてここに居るんだ?」
「どうしてって?」

ようやく少し落ち着いたのか、目元を拭いながらスザクは顔を上げた。
ただ、手を離したら消えてしまうような気がして、片手はルルーシュの腰に回したまま、久しぶりに見るその顔を至近距離で見つめた。
烏の濡れ羽のような美しい黒髪に白磁の肌、宝石を思わせる紫の瞳。
記憶にあるルルーシュそのままの姿に、再び涙が溢れ出す。
捨てられた犬が、まるで飼い主を見つけて喜んでいるような、どうして自分を置いていったんだと責めるようなそんな顔で見つめられ、ルルーシュは軽く混乱していた頭を益々混乱させていた。
スザクは自分を恨んでいたはずだ。
だからこそ、ゼロレクイエムを進める事が出来た。
なのに何なんだこの状況は。
いや、それ以前に、スザクは2年といった。
これが幻ではないなら、たった2年で・・・

「スザク、お前まさか・・・」
「何ルルーシュ?」
「いや・・・」

言いよどむルルーシュに、まあこれは夢だからね、と考えていたスザクはそれ以上問いたださず、視線をルルーシュの腕に向けた。
先程は邪魔な何かを持っている、という認識だったが、よく見るとそれは巨大な卵のようだった。
純白に見えるその卵はよく見るとキラキラと輝いており、思わずそちらに視線が引き寄せられた。

「卵?」
「ああ」

卵にしては大きすぎるサイズだ。
まるで10kgの米袋を抱えているようにもみえる。
ルルーシュの腕には重そうに見えるその卵を彼は大事そうに抱えているのだ。
・・・面白くない。

「何の卵?」

思わず詰問するような口調で尋ねると、ルルーシュは視線を逸らした。

「・・・なんだろうな?」

一瞬間を開けて、ルルーシュはそう答えた。
それはまるで何の卵かは知っているが、お前には教えられない。そう言われている気がして、益々面白く無いと、眉を寄せた。
再会した自分よりも大事なのか?
これが夢なら、何よりも自分を大事にして、自分を見て欲しいのに。

「大事なの?いらないなら置いていこうよ?」

思わず目を眇めながら卵を見、不機嫌そうな声でそう言った。
何よりそれが邪魔で正面から抱きしめられない。
そう文句をいう男に、ルルーシュは苦笑した。
妙に甘えてくる大型犬に、それは駄目だと首を振った。

「俺はこれを持っていないといけないらしいんだ」
「らしい?」
「ああ。暖めないといけないんだ」

この卵を。

「だが、そうか。もう2年なのか。2年温めてもこれは孵らないんだな」

ならもう孵らないのかもしれないな。

「死んでからずっと温めてたの?」
「あの日、意識が閉ざされてから俺はずっとここに居て、これを温めている」

2年もの間手放すことなくずっと。
夢だと解っていても、スザクは驚き目を見開いた。

「そんなに大事なものなんだ?」

なら捨てられないかと、少し不満げに言葉をこぼす。

「そうらしいな。俺も手放そうと考えたことはあるんだが・・・どうしても手放せなくてな」

ルルーシュは目を逸らしながらそう言った。その顔には確かに困惑が浮かんでいるが、やはり何かを隠しているようにも見えた。
・・・いや。目をそらしたのがその証拠だ。
この卵が何かを知っているんだ。
知った上で温めて孵さなければと持ち歩いている。
あるいは孵すつもりはないが、捨てることも出来ずに持ち歩いている。
さて何方だろうと考えはしたが、何方でもいいか、これは夢なんだからと結論づけた。
スザクは自分の左腕をルルーシュの右腕に絡ませると、開いた右手でルルーシュが抱いていた卵をひょいと取り上げた。

「あっ!」
「あ、結構重いね」

7kgぐらいかな?
そういうと、大事なものを扱うように片手でその卵を抱きしめた。

「スザク!」
「孵らないのは君の体温が低いからじゃないのかな?僕は君より高いから孵るかもしれないよ?それに君が持っているのを見ると、落としそうで不安になる」

だから持たせて?
にっこりそう笑顔で言うと、ルルーシュは言葉をつまらせた。
その隙に絡ませていた腕を解き、左手でルルーシュの手を掴む。
ルルーシュがあっ、と声を上げる前にスザクはしっかりとその手を握り、ふたたび向日葵のような明るい笑顔でニッコリと笑った。
2年という月日が経ち、精悍さが増したようにも思えたが、相変わらずの童顔男の笑顔は、カッコイイより間違いなく可愛いに分類されるだろう。さんざん泣いていた子犬が笑ったような、そんな笑顔を向けられ、ルルーシュは思わず口を閉ざした。

「それに僕なら片手で持てる重さだし、手をつなぐ余裕もできるじゃないか」

にこにこ笑顔で言うスザクに、ルルーシュは呆れたように息を吐いた後、しかたのないやつだと慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
懐かしいその笑顔に、スザクの涙腺は反応し、再びポロリと透明な雫が頬を滑り落ちた。それを見たルルーシュは苦笑しながら「20歳を超えてもまだ泣き虫なんだな」と、自由になった左手でその涙を拭う。
そして、その茶色のふわふわな髪に手を差し伸べ、幼子を慰めるように頭をなでた。
ルルーシュは茶色くてふわふわなナナリーの髪と、スザクの髪が好きだ。そのせいか、スザクの頭を撫でている間、蕩けそうなほどの優しい笑顔になっていた。

「・・・ねえルルーシュ、ここってずっとひまわり畑なのかな?」

スザクは少し恥ずかしそうに、それでも幸せそうに微笑みながら、辺りを見回した。

「さあな。出口がないかと歩いていたが、景色はずっとこのままだな」

向日葵は好きだから苦にはならないんだが。

「そうなんだ?じゃあ僕も一緒に探すよ、出口。だから、離れないでねルルーシュ」

そう言いながらルルーシュの顔を見つめた時、視界が真っ白に塗りつぶされ、次の瞬間意識は闇に飲まれた。

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